民族の深い記憶に根差すような歌謡性と舞踊性
ボヘミア(チェコの西部、中部)には行ったことがないのに、その景色やそこに吹く風、土の香りや雑踏の賑(にぎ)わいまでが浮かぶような演奏だった。プラハ交響楽団(1月14日、サントリーホール)。弦には燻(いぶ)したような味わいがあり、木管は温かく、金管は力強い。それらが必ずしも整然とは重ならない代わりに、呼吸に余裕が感じられて、それがいい味わいになっている。
前半のドヴォルジャークのチェロ協奏曲から、少しくすんだ温かい音色に惹(ひ)きつけられ、ニューヨークでこの曲を書いた作曲家の望郷の念に同化させられる。また、こうした音で奏でられる管弦楽に、曲の大きなスケールを計算しながら繊細さを織り込む岡本侑也の、温かいチェロの音色がからんで、いきおいノスタルジーが香り立つ。
チェコに生まれ、プラハで学んだ首席指揮者のトマーシュ・ブラウネルは煽(あお)らず、さりとて押さえすぎない絶妙なバランスで音楽を運ぶ。特筆すべきは、この味わい深い音色に加える、いかにもボヘミアを思わせる舞踊性である。それはチェロ協奏曲でも示されたが、交響曲第9番「新世界より」に引き継がれ、第1楽章からいっそう顕著に表現された。
いや、踊るだけでなく歌う。第2楽章ではお馴染(なじ)みの主題に機能を超えた味わいがある。イングリッシュホルンは、それ以上にホルンが秀逸なのだが、上手(うま)いだけでなく、民族の記憶の底から湧き上がるような、板についた歌謡性が表現される。そこに再び舞踊性が加わって、最後まで闊達(かったつ)にボヘミアの風を表現した。アンコールもドヴォルジャークで、スラヴ舞曲第15番。むろん舞踊性はさらに弾(はじ)けた。
(音楽評論家 香原斗志)
公演データ
トマーシュ・ブラウネル指揮
プラハ交響楽団 ニューイヤー・コンサート
2024年1月14日(日) 19:15サントリーホール
指揮:トマーシュ・ブラウネル
チェロ:岡本侑也
管弦楽:プラハ交響楽団
<プログラム>
ドヴォルジャーク:
チェロ協奏曲 Op. 104 B. 191
交響曲第9番「新世界より」Op. 95 B. 178
アンコール
ドヴォルジャーク:スラヴ舞曲第15番op.72-7
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。