リゲティの強い個性とアイデアを浮き彫りにした演奏は秀逸
生誕100年記念のリゲティを軸に19世紀末から20世紀にかけての東欧音楽を特集。エスニック(民族)のフレーバーを交えた近代管弦楽の響きが時代、民族によって変容する妙を捉えた秀逸なプログラミングは、読響桂冠指揮者シルヴァン・カンブルランの得意とするところだ。
〝目玉〟は明らかに、ピエール=ロラン・エマールをピアノ独奏に迎えたリゲティ。エマールは譜面を立て、譜めくりを伴って一点一画とも揺るがせにせず、長く弾き込んできたリゲティへのリスペクトを味わい深く再現した。そこに野趣に富む弦の響き、輝かしさより不思議さがまさり、独特の浮遊感を漂わせる管打楽器が絡み、作曲家の強い個性と秀逸なアイデアを浮き彫りにする。アンコールでさらに2曲、協奏曲より30年ほど古い初期のリゲティを弾き、そのルーツを明らかにしたのも秀逸だった。
ヤナーチェクには演奏頻度の低い2曲を選んだ。初期の《ヴァイオリン弾きの子供》は日下紗矢子のソロこそ光ったものの、全体には一層の完成度を求めたい演奏だった。《嫉妬》は歌劇《イェヌーファ》序曲として構想され、オペラ初演時に作曲者自身が取り下げた。《ヴァイオリン弾き…》よりも強い個性の発露を感じたが、ここでも弦の響きの薄さが気になった。
カンブルランと読響のポテンシャルが全開したルトスワフスキ
後半メインのルトスワフスキでは、カンブルランと読響のポテンシャルが全開した。名人芸を競い合う管楽器だけではなく、俊敏で密度に富む弦のうごめきも目覚ましい。どんどんエネルギーを増し、巨大なクライマックスを築く瞬間にも機械的な感触は一切ない。強い信頼関係で結ばれた指揮者、楽員の極めて人間的な営みの結晶に対し、盛大な拍手と歓声が巻き起こった。
(音楽ジャーナリスト 池田卓夫)
公演データ
読売日本交響楽団第633回定期演奏会
2023年12月5日(火)19:00サントリーホール
指揮:シルヴァン・カンブルラン
ピアノ:ピエール=ロラン・エマール
特別客演コンサートマスター:日下紗矢子
プログラム
ヤナーチェク「バラード《ヴァイオリン弾きの子供》」
リゲティ「ピアノ協奏曲」
ヤナーチェク「序曲《嫉妬》」
ルトスワフスキ「管弦楽のための協奏曲」
ソリスト・アンコール:リゲティ「ムジカ・リチェルカータ」第7、8番
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。