深い信頼関係で結ばれたヴァイグレと読響が現出させた珍しいドイツ2作品の名演
今年が記念年に当たるドイツの作曲家2人を対比させ、20世紀2つの世界大戦の間から第二次大戦後の東西冷戦期にかけて〝もみくちゃ〟にされた音楽史を検証する選曲。没後60年のヒンデミットはドイツ人だが、ナチス政権に「退廃音楽」の烙印(らくいん)を押され、米国へ亡命。「4つの気質」はバランシン振付による1941年ニューヨーク初演がドイツ軍の英国艦撃沈で流れ、戦後の1946年に持ち越された。楽曲は小編成の弦楽合奏とピアノ独奏の掛け合いが面白く、時にはヴァイオリンや弦楽四重奏とピアノだけの室内楽的妙味も伴い、極めて機知に富む。ゲニューシャスの克明で骨太のソロは楽曲の構造を的確に捉えていた。
アイスラ―「ドイツ交響曲」日本初演
一方、ユダヤ人のアイスラーは生誕125周年。ウィーンでシェーンベルクに師事した後はブレヒトとの共同作業を通じ、より大衆的な音楽を志向した。アイスラーも米国に亡命したが、戦後は共産主義思想が問題視されて東ドイツに帰着、同国の国歌も作曲した。「ドイツ交響曲」の作曲は1935年のドイツで始まり、1958年に完結。「反ファシスト・カンタータ」の副題を持ち、ファシズムに翻弄(ほんろう)される「ドイツ人の惨めさ」を描く。管弦楽は基本2管の簡素な編成で極めて効果的に書かれ、管楽器のソロも活躍する。強制収容所や階級闘争、ワイマール共和制の蹉跌(さてつ)などブレヒトを中心にしたテキストは文字通り「ドイツ的」だが、管弦楽のみで長大な第10曲「アレグロ」の後に置かれたエピローグ(第11曲)の歌詞、「私たちの息子を見て、寒さで麻痺(まひ)し、血まみれになって、凍りついた戦車から降りてきた」がソプラノ独唱、合唱で鋭く、短く叫ばれた瞬間、21世紀の世界で起きている恐ろしい出来事を思い浮かべずにはいられなかった。
東西を隔てる「壁」が出現した1961年に東ベルリンで生まれ、東西ドイツ統一後は「西」のフランクフルトでオペラ指揮者として大成したヴァイグレが今、深い信頼関係で結ばれた読響と日本人の合唱団、旧知のドイツ人ソリストたちを率いて渾身(こんしん)の力をこめ、両作品の名演を東京に現出させた意味、功績は極めて大きい。
(音楽ジャーナリスト 池田 卓夫)
公演データ
【読売日本交響楽団第632回定期演奏会】
10月17日(火)19:00 サントリーホール
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
ピアノ:ルーカス・ゲニューシャス
ソプラノ:アンナ・ガブラー
メゾ・ソプラノ:クリスタ・マイヤー
バリトン:ディートリヒ・ヘンシェル
バス:ファルク・シュトゥルックマン、ほか
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平 恭平)
コンサートマスター:長原幸太
ヒンデミット:主題と変奏「4つの気質」
アイスラー:ドイツ交響曲Op50(日本初演)
(ソリスト・アンコール=ゴドフスキ:トリアコンタメロン 第11番「なつかしきウィーン」)
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。