ジョナサン・ノット インタビュー ~① 東京交響楽団との新シーズンを語る

東京交響楽団とともに毎回、聴衆や評論家らから高い評価を得る名演、快演を連発している同団音楽監督のジョナサン・ノットが、このほど毎日クラシックナビのインタビューに応じ、来年4月からスタートする24/25シーズンのプログラミングの狙いや今後の活動などについて語ってくれた。ショート動画を添えて3回にわたってアップするインタビュー連載の初回は、新シーズンの狙いについて。(取材・構成 宮嶋 極)

インタビューに応じるジョナサン・ノット
インタビューに応じるジョナサン・ノット

——東京交響楽団の2024/25シーズンのプログラムについて、音楽監督であるマエストロのお考えをお聞かせ下さい。

ジョナサン・ノット(以下、N) まずは3つのことを考えました。一つは次のシーズンにおいて東響が経験すべき作品は何か。2つ目は聴衆が体験したいと思うもの、つまりシーズン全体としてどういうものを聴きたいと思って下さるだろうか、ということです。そして3つ目は私個人が再演したい、あるいは新しく挑戦したいと希望するものです。今の私の年齢、これまで培った経験が実るようなプログラムとはどういうものなのか。この3つを考えました。

 

——それをベースにさらに具体化していくのですね。

 ここまでで3つのリストができたわけですが、それぞれ折り合いを付けて、一つのシーズン・プログラムに収れんしていきました。その中で今回は「リヴィジット(revisit)」をテーマに再び日本の作曲家に戻ってみたいと考えました。武満徹さん(5月、鳥は星形の庭に降りる)、酒井健治さん(5月、ヴィオラ協奏曲「ヒストリア」)です。以前にも取り上げた作曲家ですが、久しぶりに再挑戦してみたい。それから東響、スイス・ロマンド管弦楽団、仏トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団、サンパウロ州立交響楽団の共同委嘱作品として、ジュネーブ在住の作曲家ジャレルのクラリネット協奏曲も取り上げます(11月)。マルティン・フレスト(世界的活躍を続けるソロ・クラリネット奏者)の独奏でクラリネット協奏曲ですね。現代ものが決まったら、それとのバランスを考慮し、他にどんな作曲家を組み合わせたら良いかとなると、武満さんとフランス音楽との深いつながり、皆さんもご存じだと思います。そういった意味合いでフランスものをシーズンのプログラムに組み入れています。

「ペレアスとメリザンド」などを取り上げた10月定期=10月14日 ミューザ川崎シンフォニーホール (C)T.Tairadate / TSO
「ペレアスとメリザンド」などを取り上げた10月定期=10月14日 ミューザ川崎シンフォニーホール (C)T.Tairadate / TSO

——フランスものといえば、今年10月にヤナーチェクのグラゴル・ミサと合わせて取り上げたドビュッシー「ペレアスとメリザンド」(ノット編)も高い評価を集めました。

 あの公演では絶え間なく流れるような動きを生み出せた一方で、まとまった一体感のある音楽に仕上げることができました。実は演奏会の前にメンバー皆に「決意をもって、自分の持つすべてのエネルギーと自己そのものを全部投入する気持ちでこの曲を演奏してください」と呼びかけました。これはどんな演奏会でも必要なことですが、とても難しいことでもあるのです。しかし、東響にはそれが可能です。「ペレアス…」では独特の色彩感や動き、流れ、さらに香水のように香り立つ雰囲気を表現することができました。そこで、こうした演奏を再現したいと考えてフランスものを組み込んだ面もありました。こうして来シーズンのプログラムの骨格が固まったわけです。

 

この言葉通り来シーズンの彼が指揮する公演では、ベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」(5月)、ラヴェル「クープランの墓」管弦楽版(7月)、ラヴェル「スペイン狂詩曲」(11月)のフランスものがプログラミングされている。

ノットとコンサートマスターの小林壱成(右)。楽団員との信頼関係も音楽づくりに欠かせない (C)T.Tairadate / TSO
ノットとコンサートマスターの小林壱成(右)。楽団員との信頼関係も音楽づくりに欠かせない (C)T.Tairadate / TSO

——ところでマエストロは毎年12月にベートーヴェンの交響曲第9番の公演を2回開催し、聴衆を大いに沸かせる素晴らしい演奏を披露されています。来シーズンはそれに先立つ12月の定期でベートーヴェンの交響曲第5番「運命」も予定されています。今年11月に取り上げた第6番「田園」も各方面から高い評価を得ました(速リポ ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団定期演奏会)。マエストロが指揮するベートーヴェンの全交響曲をまとめて聴きたいと熱望するファンも多いと思います。今後、音楽監督在任中にベートーヴェン・ツィクルスを行うお考えはありますか?

 私も時間をとってでもぜひやりたいと思っています。一人の作曲家の作品1番から最後の作品まで作曲順に辿(たど)ってみると、その作曲家の人生が浮き彫りになってきます。その間には自分の知らない作品も出てきます。そうすると未知の側面も発見することができる。まさに人生をたどる旅路となるわけです。そして作曲家の人生の真実を、音楽を通して見いだすだけでなく、自分自身の過去の経験なども蘇(よみがえ)ってくるわけです。つまりwatch=見る、revisit=再訪問、そしてshare=共有の3つのことが出来るのです。クラシック音楽という言葉はあまり好きではありませんが、でもクラシック音楽は作曲家の人生や思いと、演奏家の経験や考えがそれぞれすべて絡み合って出来上がっていくものだと思います。(サイン会で)タワーレコードに行ったら「NO MUSIC, NO LIFE.」と書いてありました。言い得て妙だと思いました。人はひとたび音楽の感動を覚えてしまったら、もう音楽なしではいられなくなるのです。音楽は(天からの)素晴らしい贈り物です。ですから人生の経験や思い出と深く絡み合いながらの音楽体験という意味では、ベートーヴェンの1番から9番のツィクルスは、まさに皆さん聴衆にとっても演奏者にとっても素晴らしい企画だと思います。しかし、どうやるかが問題です。3曲ごとに休みの期間を入れるのか、ぶっ続けは厳しいでしょうし、どうやったらいいと思いますか?

 

そこで筆者は、東京では毎年大みそかにベートーヴェンの交響曲全曲を1日で演奏するコンサートが開かれていること、オーケストラは主にNHK交響楽団のメンバーが中心に編成されていることなどを説明した上で、さすがに1日で全曲は無理にしても、マエストロが来日するたびに3曲ぐらいずつ演奏していくことなら可能ではないか、と提案したところ、マエストロはまんざらでもない表情を浮かべて、ベートーヴェンの演奏法などについても詳しく語ってくれた。その詳細は次回に続く。

昨年の「第九」公演より。ベートーヴェンのツィクルスを望む声も多い (C)T.Tairadate / TSO
昨年の「第九」公演より。ベートーヴェンのツィクルスを望む声も多い (C)T.Tairadate / TSO

※東京交響楽団の24/25シーズンのラインアップの詳細については同団ホームページをご参照ください。
東京交響楽団 TOKYO SYMPHONY ORCHESTRA 2024/25シーズンラインアップ

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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