個性豊かなピアニストによる興味深い新譜が、続々と登場した。最新の録音から、過去の未発表音源集まで、バラエティーに富んでいる。
<BEST1>
モーツァルト ピアノ・ソナタ全集 Vol.2
アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310~第13番変ロ長調K.333、幻想曲ハ短調K.396、幻想曲ニ短調K.397
<BEST2>
「オマージュ」
ニコラ・アンゲリッシュ(ピアノ)/マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)/チョン・ミョンフン(指揮)/フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、他
リスト:夢の中に/ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲/バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ/ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、他
<BEST3>
ショパン エチュード集(全27曲)
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
ショパン:12のエチュード集Op.10、12のエチュード集Op.25、3つの新しいエチュード
バッハ、ベートーヴェンの作品録音を制覇したアンジェラ・ヒューイットが、次に立ち向かったのはモーツァルトのソナタ集。CD2枚組に第1~7番を収めた第1巻に続いて、中期の第8~13番などを集めた第2巻が出た。持ち前の明快でクリアな音色と奏風を駆使し、凜(りん)とした風情やリズム感が清々しい。愛用するファツィオリ製ピアノとのコンビが、最上の効果をもたらしている。
彼女自身の説明によると、これらの作品群を現代のピアノへ「翻訳」して演奏するには、タッチの軽さや明晰(めいせき)さ、ペダルの使用や表情付けへの注意に加え、何より美しく、歌うような音が必要という。録音で聴いても、細部まで目が行き届いたアーティキュレーションやフレージング、タッチや音色の豊富なパレット、そして急速な曲想の変化に対する鋭い反応によって、まさに彼女の狙いが具現化されている。生気に満ちた表情にあふれ、信念を持って作品と接する奏者の強い誠意が伝わってくる。
ニコラ・アンゲリッシュは51歳の若さで2022年4月に逝去した。繊細かつ力強いピアニズムを聴かせた実力派だった。関係の深かったワーナーが、1995年から2019年にかけて収録された未発表のライヴ音源や放送録音を、7枚組のボックスにまとめた。アルゲリッチやエベーヌ四重奏団との室内楽や、チョン・ミョンフンがバックの指揮を務めたラフマニノフの協奏曲第3番など貴重な記録を満載。この名手をしのぶ格好のセットになった。
イリーナ・メジューエワが弾くショパン「エチュード集」は14年ぶりの再録音。近年のお気に入り、1925年製ニューヨーク・スタインウェイの華麗な音色や素早い反応を生かして、1曲1曲のドラマを鮮やかに描き出して行く。決然とした表情の高いテンションや、噴出する生命力の奔流に、ぐいぐい引き込まれる。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。