ソリストの魅力が全開となる器楽曲のアルバムがそろった。
<BEST1>
ヒラリー・ハーン イザイ:6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 作品27
ヒラリー・ハーン(ヴァイオリン)
<BEST2>
菊池洋子 バッハ:ゴルトベルク変奏曲
菊池洋子(ピアノ)
<BEST3>
オルガ・シェプス「メロディ」
オルガ・シェプス(ピアノ)
ブラームス:間奏曲/グリーグ:抒情小曲集第2集より〝メロディ〟/J・S・バッハ:イタリア協奏曲ヘ長調BWV. 971より第2楽章/ゴンザレス:「オルガ・ジーグ」ほか
イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、高度な技巧が満載された難曲として知られる。腕に覚えのある奏者が、こぞって挑んできたが、その系譜にヒラリー・ハーンの目の覚めるような快演が加わった。ヒラリーはイザイの孫弟子に当たる。曲を研究するうちに、自分の祖先のルーツへ立ち戻るような感覚をおぼえたという。そんな手応えを支えに、強い共感をもって堂々と傑作群へ立ち向かった。
スムーズで切れの良い美音を存分に駆使し、持ち前の優れた技巧で、どんなに複雑なパッセージも鮮やかに料理。たとえば第2番イ短調では「怒りの日」のモチーフが絶えずくっきり浮かび上がり、曲の構造が透けて見えるよう。作品に込められたアイロニーまで難なく表出する深い表現力が驚異的。こうした演奏だからこそ、作品の真価と妙味が、たっぷり味わえる。1枚があっという間に聴き終わる。進化をやめないトップ奏者の突き抜けたすごみを、改めて認識させられる。
菊池洋子は8月4日に、サントリー小ホールで「ゴルトベルク変奏曲」の力演を聴かせてくれたばかり。モダン・ピアノの特性を生かした率直なアプローチで、変奏の面白さを丁寧に解きほぐして行く。各変奏のリピートをきちんと行い、2度目では効果的な装飾を加えるなど研究の跡がうかがえる。第25変奏の沈潜する哀感を経て、ラストへ向けて明るく軽妙さを増していく曲想の切り替えも、巧みに設計されていて、引き込まれる。
バッハやショパン、ブラームスの名曲に加え、20世紀後半に生まれた同時代の作曲家による佳品を並べたのが、シェプスによるコンセプト・アルバムの肝。叙情的で心にしみる旋律=メロディが連綿と続く。どこかひんやりとした寂寥(せきりょう)感を漂わせて、聴き手に寄り添ってくる。やや残響過多の録音が、そうした夢幻的な雰囲気を強める役割を果たしている。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。