ジョナサン・ノット指揮 東京都交響楽団 第1052回定期演奏会Aシリーズ

外界の風景から精神的な大海原へ――ノットが鮮やかな指揮で都響をリード

今年3月まで、東京交響楽団の音楽監督として絶大な人気を博したジョナサン・ノットが、東京都交響楽団と初共演した。
とはいえ、コンサートマスターの水谷晃は2023年まで東響で同じポストをつとめて、ノットの指揮ぶりを熟知しているから、意思の疎通はスムーズだったに違いない。

ジョナサン・ノットが、東京都交響楽団と初共演 写真提供/東京都交響楽団 ©RikimaruHotta
ジョナサン・ノットが、東京都交響楽団と初共演 写真提供/東京都交響楽団 ©RikimaruHotta

曲目はいかにもノットらしく、一ひねりしてある。前半は19世紀ドイツの作曲家がスコットランドに着想を得た2曲で、後半は帝政末期のロシアで同じ1908年に完成された2曲である。あえていえば、すべて「北方の音楽」か。

最初にメンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」が鳴り響いた瞬間、「あ、これはいい演奏会になるな」と感じた。気持ちよく波動しながら、すっきりとした響きで、流れるように進む。波と風の音が聞こえるようだが、荒涼とした雰囲気ではない。モダンな機能美を感じさせる点に、オーケストラと指揮者に共通する資質がよくあらわれている。

次のブルッフのスコットランド幻想曲は、名曲ながら実演では聴く機会が少ないだけに嬉しい。指揮台の下手側にヴァイオリンの辻彩奈が立ち、その斜め後ろにハープの吉野直子が座る。前の曲の伸びやかさから一転、葬送音楽を思わせる荘重な曲調となる。スコットランド民謡の旋律とリズムを用いて、緩急緩急、暗明暗明と変化する全曲のなかで、ハープの幻想的な響きにのり、辻が艶やかで温かいヴァイオリンを奏でる。高い弱音の美しさが印象的。
辻と吉野によるエルガーの「愛の挨拶」がイギリスつながりのアンコールとして優美に演奏されて、前半を終了した。

ブルッフのスコットランド幻想曲。指揮台の下手側にヴァイオリンの辻彩奈が立ち、その斜め後ろにハープの吉野直子が座った 写真提供/東京都交響楽団 ©RikimaruHotta
ブルッフのスコットランド幻想曲。指揮台の下手側にヴァイオリンの辻彩奈が立ち、その斜め後ろにハープの吉野直子が座った 写真提供/東京都交響楽団 ©RikimaruHotta

吉野がハープ奏者の一人に加わった後半の舞台は、ロシア。ただしこちらは民族色を感じない。ストラヴィンスキーの「葬送の歌」は、作品番号も与えられたのに、ロシア革命の混乱などで100年以上も楽譜が行方不明となり、2016年に蘇演された作品だ。師のリムスキー=コルサコフ追悼のための曲だけに、ブルッフ作品の冒頭と同じく、陰鬱(いんうつ)で荘重な音楽。

このロマン派風の響きから、次のスクリャービンの「法悦の詩(交響曲第4番)」へ。同様にどろどろと切れ目なく続く音楽だが、和声は斬新で、ときに金管と打楽器が閃光のように煌(きら)めき轟(とどろ)いて、オルガンも加わるクライマックスへと高潮していく。「フィンガルの洞窟」が外界の風景だったのに対し、こちらは精神的な大海原か。

スクリャービンの「法悦の詩(交響曲第4番)」は、精神的な大海原を思わせる演奏だった 写真提供/東京都交響楽団 ©RikimaruHotta
スクリャービンの「法悦の詩(交響曲第4番)」は、精神的な大海原を思わせる演奏だった 写真提供/東京都交響楽団 ©RikimaruHotta

全4曲を通して、相似と対照、連繋(れんけい)とシンメトリーなどの関係性を考えさせることも、ノットの演奏会の楽しさである。指揮ぶりは終始鮮やかで、楽員とも息が合っているようだった。これからの共演にも期待したい。
(山崎浩太郎)

公演データ

東京都交響楽団 第1052回定期演奏会Aシリーズ

10月3日(土)14:00東京芸術劇場 コンサートホール

指揮:ジョナサン・ノット 
ヴァイオリン:辻 彩奈
ハープ:吉野直子
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:水谷 晃

プログラム
メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」Op.26
ブルッフ:スコットランド幻想曲 Op.46
ストラヴィンスキー:葬送の歌 Op.5
スクリャービン:法悦の詩(交響曲第4番)Op.54

ソリスト・アンコール
エルガー:愛の挨拶

Picture of 山崎 浩太郎
山崎 浩太郎

やまざき・こうたろう

演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。

連載記事 

新着記事